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ネットメディアを起業 21世紀のソクラテスを目指す

潜望鏡 第4回

2014年10月01日

社会・生活

HeadLine 編集長
中野 哲也

 インターネットのない生活はもはや考えられない。情報は国境を越えて瞬時に地球を一周する。ツイッターやフェイスブックを使えば、だれもが発信者になり得る。一方、新聞やテレビ、ラジオ、雑誌といった既存メディアは根底から変革を迫られる。こうした中、日本経済新聞記者として数々のスクープ記事を放ってきた土屋直也氏(53)が独立し、ネットメディア「ソクラ」を起業した。

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――日経新聞経済部のスター記者が退職し、ソクラを起業した理由は。

 今、ネット上では一種の多チャンネル化が加速している。読者にアクセスしてもらえるという意味では、大きなメディアも小さなメディアも発信力に差がない。そこに無限の「可能性」を感じた。巨大なマスメディアの中にいると、細分化された分担制からはみ出すことが難しい。縦割りの弊害も否定できない。もし、価値観を共有する同志とメディアを持つことができれば、少人数の編集者やライターが議論を重ねながら、自分たちの思いを丁寧に伝えられると考えた。小粒でもピリリと辛い「山椒」のような存在を目指し、社会にインパクトを与えていきたい。

――ネットメディアの起業を思いついたきっかけは。

 15年前、ニューヨークに赴任すると、マイクロソフトのウィンドウズ95が席巻していた。その時、「いずれ紙の新聞はなくなるんだな」と直感した。思ったよりも時間はかかっているが、最近になって米国では優秀な編集者や記者が大手メディアから続々とスピンアウトし、小回りの利くメディアを創り始めている。日本もその後を追いかけるようになるだろう。

――紙の新聞をパソコンの画面上に移すだけでは、ネットメディアは成立しないのか。

 人々が必要としている情報を提供するという意味では、コアになるものは変わらない。しかし、時代の最先端に適応する、ネットらしい表現の仕方があるのは間違いない。まだ模索中だと思う。例えば米英では、データジャーナリズムと呼ばれるものが生まれている。ITの進展がもたらした計算や整理の高度な能力を活用し、ビッグデータを基に未来を予測しようというものだ。ソクラもこうした実験に早く取り組み、ジャーナリズムの可能性を広げていきたい。

 起きたことを一時情報として伝える能力は、もはや競い合う対象ではなくなりつつある。日本の新聞には「朝刊~夕刊~朝刊」というサイクルがあり、特ダネを書けばライバル社は最低でも半日遅れる。ところがネット時代になると、あっという間に追いついてしまう。特ダネを取ってくる記者の努力は尊敬に値するが、単純な一時情報であればすぐに廃れる。独自の視点を備え、他者が追いつけない深みのある記事が一層求められている。

――そもそも記者を志した動機は。

 大学の弁論部に入り、言葉の持つ力の大きさを感じるとともに、自分が多少なりとも言葉に敏感な人間だということに気づいた。「言葉を使って訴えるという仕事が向いているのではないか」「フェアネス(公正)に対して感受性が強い方かな」と思い、記者を志した。日経新聞社入社後10年経ったら、「天職だな」と感じるようになった。90歳になっても、月に一本は何か書いていたい。生涯一記者という気持ちだ。

―― 一言でいうと、ソクラはどんなメディアか。

 「ニュースの目利き」を目指す。各メディアからニュースを集めて紹介する、ソクラのようなキュレーション(収集)サイトは花盛り。読者の旺盛なニーズがあるし、これから関連のマーケットもできてくる。だが、先行しているキュレーションサイトは基本的にニュースを機械で選ぶことからスタートした。それだけでは不十分だということが分かり、後からジャーナリストをスカウトしている。一方、ソクラは大手メディアの強さも弱さも知り抜くジャーナリスト集団。機械によるニュースの取捨選択とは一味違うものになり、それが存在価値だと思う。

 一例を挙げると、STAP細胞論文に対する問題点の指摘は、圧倒的にネットが早かった。国内外の専門家がブログなどでとり上げ、それを週刊誌が追いかけ、最後に大手メディアも触れるようになった。

 ネット上では常に新鮮な情報が生まれており、キュレーションサイトはそれをいち早くつかんで紹介できる。もちろん真贋をよく見極めなくてはならないが、「もしかしたら間違っているかもしれないけれど...」「正しい確率はこれぐらいだが...」という情報でも、場合によっては注釈を付けて紹介していくことに価値がある。

 また、他のキュレーションサイトにはない「独自記事」を加えている。ジャーナリストの視点で解説する記事だ。さらには経営が軌道に乗った段階で、調査報道を仕掛けていきたい。

――ソクラという社名に決めた理由は。

 モノを深く考えるということが社会全体で足りなくなり、哲学する気持ちが失われているからだ。色んな角度から考えたり、議論したりすることは本来、エンターテインメントなのに...。ちょっとおこがましいが、社名には「もっと哲学しようよ」という思いを込めた。ソクラテスは政治家になったわけではないが、社会に対して政治的にアプローチした。多くの弟子を育て上げ、後世に名を遺している。起業の原点を忘れないように、偉大な哲人の名前を拝借した。ソクラテスではなくソクラにしたのは、「哲人にはなりきれないが...」ということ(笑)

 サイトには、「もっと知りたい」というボタンを用意し、読者がモノを深く考えるきっかけになればと思っている。ボタンによって編集部も読者の考えをリアルタイムで把握し、取材・編集を深化させていきたい。

――ビジネスとしてどのように確立していくのか。

 広告には依存しない。米欧でもほとんど例はないが、独自提供した記事について読者の皆様から1本10円をいただきながら、すなわち「記事のバラ売り」でサイトを運営していく。ほかに月500円程度の読み放題のプランを設けるが、できればこの定額会員という「ファン」になってサイトを育てていただきたいと願っている。

 広告に頼らないということは、記事の質を維持していく上で極めて重要な要素になる。広告主が気になってしまうと、どうしても記事の内容が変わってくるからだ。読者と編集部の対話の中だけで、記事を構成していく。課金をしていくのは非常に難しいチャレンジだと自覚しているが、持続可能なメディアになるためには、むしろ必要不可欠な要素だと思う。


中野 哲也

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※この記事は、2014年10月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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